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2010年7月26日 (月)

●伊東沖で釣り

2010_0725_201854img_7022 ●25日、伊東まで釣りにいく。誘ってくれたのは当社の顧問弁護士(笑)N先生。12時半、船出港だが、まず9時に小田原で待ち合わせ。なぜ、小田原かとうと、実はNさんもオレと同様、伊豆移住計画を立てている人。そこでこの際、候補地を見て回ろうというのだ。まず寄ったんのが根府川。海はあるが、ほかになにもないので、ここはパスかな~。で、次に途中下車したのが、網代。うん、ここは網代にも近いし、候補の一つだな~~。

2010_0726_074252img_7024●11時ころ出港。小さな漁船で、8人定員。釣り客は4人までという船で、あとNさんの顧客が加わって計3人。ところが、最初の1時間、まったく釣れない。アタリもなし。場所を変えていくうつに、ついに来た~~まず、ソーダガツオの1荷(2尾同時にくること)。狙いはタイなので、外道には違いないが、これでボウズはなくなった。そのあとは入れ食い状態。アジ、そしてゴマサバ。困ったのは、ソーダガツオがかかると、「走る」んだ。つまり、隣の釣り人の仕掛けまで、巻き込んで「お祭り」騒ぎ。最後の1時間は、3人の道糸がからまって、それをときほぐすのに1時間。

●本命のタイはけっきょく釣れなかっったが、アジ(20~30センチ)2尾、ゴマサバ(40~50センチ)3尾、ソーダガツオ(40~50センチ)6~7尾。 惜しかったのが、最後の1投げ。タイのポイントで水深40Mのところで底から3Mのポイントでヒット! ところが巻き上げる途中でバラしてしまった。

 ●アジはその日のうちに、タタキにして食べてしまった。夕食を終えていた明奈もアジのタタキをほおばる。

●ゴマサバは、翌朝、味噌煮。ソーダガツオはカミサンの創作料理となった。2010_0725_204747img_7023

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2010年7月21日 (水)

●ビデオテープ処分

●仕事部屋で使おうと思っていた深川のマンションは、いまや荷物置き場&週1~2度のマージャンに使う程度。もったいないので、賃貸にしようかと思案中。そうなると膨大な量の本とビデオテープをなんとかしなければならない。ビデオテープは、とりあえずDVDに落とせば分量はかなり省ける。 ただ、ビデオデッキがずいぶん前に壊れてしまって家にはない。そこで、中古のデッキを知人から入手。

ところが、それで再生してみると、画面がかなり荒れている。原因がトラッキングの調整がうまくできていないせいだ。あ~~~困った。

その証拠に、オレが録画したテープはほとんどダメだが、他人に録画してもらったテープは、比較的きれいだ。テープの劣化が原因でないことにとりあえず一安心だが・・・

多くのアニメや映画は、新たにDVDで録画してあるから、わざわざダビングする必要はないが・・・  だが、たとえば「欠番」となってしまっている作品などは、昔のビデオに頼るしかない。  ウルトラセブンの欠番12話「遊星より愛をこめて」。これは譲ってもらったビデオテープだったから比較的、きれいに再生できた(が、元の画質が、ダビングの繰り返しでかなり汚いが)。    ところが「怪奇大作戦」の欠番「狂鬼人間」の再生がうまくいかない。3倍速のテープだとトラッキングの調整がダメなようだ。

欠番でなくても「巨人の星」などは、新しくDVDに録り直しているが、修正が入ってしまっているものだ。 たとえば飛雄馬が青雲高校の面接試験に臨んだときの名セリフ「父は日本一の日やとい人夫」は修正が入ってしまっている。なにしろその回のサブタイトル「日本一の日やとい人夫」が「日本一の父・一徹」に変更されているくらいだ。

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2010年7月13日 (火)

●参院選総括

●参院選は、衆院選ほど燃えない。ところが今回の参院選は、近年、まれにみるほど興味深かった。 そしてその結果も総じて満足できるものだ。 オレは、長年、自民党に投票してきた。ところが小泉さん退陣後、いや正確には安倍さん以降は、自民党に見切りをつけていた。 かといって民主党が受け皿になったわけではなっかった。 民主党の事業仕分けだけは支持できるが、それ以外は、まったく支持でっきない。永住外国人に参政権を与えるのもNO。とくに民主党がいけなかったのは、連合と日教組がバックについていること。それがあるかぎり絶対に支持できない。 さらに悪いのは、かつて自民党が特定の利益誘導団体がついていたのを、民主もそれを真似たこと。これじゃ、悪いところどりじゃないか!?

●kanさんは昔から信用できないと思っていた。(いろいろな理由があるが) 経済政策に関して「空きカン」といわれているが、これからどうする? 国民新党は、改選議席数ゼロ。亀井クンも、ただ小泉さんに対する怨念だけで政治をやっている。 郵政公社の社長に元官僚を持ってきちゃダメだよ。 国民はそういうところをしっかり見ている。

●東京選挙区に限っていえば、オレが投票したM党のM候補は最下位ながらギリギリ当選。これには深夜拍手喝采。M党を支持しているのもあるが、最後まで争っていたK候補はオレが嫌いなk党。よくkクンはテレビに出ていたが、あのウザったい顔を見なくて済むのも嬉しい。 残念ながら、もう一人応援していた元S区区長のYさん落選。Yさんにも投票したいくらいだった。Yさんは、かつて飲み会の講師として来ていただいて、その目の前で座って話を聞いた。その後2度ばかりお会いしている。再起を期待したい。

●タレント候補が総じて苦戦。タレント候補がすべて悪いとは言わないが、有名というだけで議員になられちゃ困る。 三原順子氏は支持できる。だが、やわらチャン、2足のわらじはいただけない。 個別にいえば、山梨の日教組関係の候補が当選したのが悔しい。大蔵クンはあまり話題にならなかったが、、ま仕方ないか。

●とにかく政界再編を。 自民でも民主でも、古い体質の議員には退場して欲しい。優秀な人材は、もっといるだろう。

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●しつこさ一番  訃報

●明奈のしつこさは半端ではない。一度やりだすと、止まらない。公園に連れていくと、同じ階段を上がったり下がったり10回以上も繰り返す。  最近のブームは、トイレでトイレットペーパーを流すこと。一度、覚えると、とことんやりだす。15回もトイレットペーパーで流して、「デケタ~」と満足そうに叫ぶ (ま~、このしつこさをいい方向にもっていけば大物になるかも? ←ま、親ばかだな)  で、このことを保育園の連絡帳に書いたら、「トイレは遊ぶところではにことを教えてください!」と指導されたそうな。

●で、頑固でもある。 思い通りにならないと、ま~泣き叫ぶ泣き叫ぶ。 たとえばルーマニアのレストランでのこと。  ボールペンをウエイトレスに借りたところ、明奈が握って放さなくなった。強引に取り上げて返したところ、大声で10分以上は泣き叫んでいたな~~

●訃報が入る。 つかこうへい氏逝去。 うわ~一度、舞台を見たかった。映画「蒲田行進曲」「熱海殺人事件」は好きな映画で、何度も見ている。 直接お会いしたのは2度。そのお人柄も交感持てるものがあった。 知人、友人にあてたという最後のメッセージも氏らしいのだろう。  御冥福を!

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●ハグハグ

2010_0704_041314p1010669 ●「国民の館」へ。国民の・・・とは名ばかりで、実質上はチャウシェスク元大統領の宮殿。ま~~あきえるほどの壮麗さ! チャウシェスク君が銃殺されたとき、まだ完成していなかったという。思いを叶えられなかったチャウシェスク君に代わって、ポニョがバルコニーから「統一大通り」に向かってルーマニア国民に手を振る。2010_0704_041642p1010674

●国民の館は、ツアー形式が行われる。われわれは英語ツアーに組み込まれた(なんで日本語ツアーがないのだ!)。ガイドは、アレキサンドラという美女!  最後、一緒に写真を撮ってもらったが、オレとの写真が残っていないじゃないか~~~~~

2010_0705_222535img_7002 ●帰路は、モスクワ経由。モスクワでは7時間待ち。ポニョをキッズ・ルームに連れていく。あとから同い年くらいのロシア人男の子がやってきた。これがまぁ、草食系の男の子でおとなしい。ポニョは自分から積極的に近づき、なんとハグハグ。思わず「オレは青い目の孫は欲しくないぞ~~」。ついでに、「そんなに青い目の子供がほしければ、オレが青い目の弟、妹を作ってやる~~」。2010_0705_230738img_7006●で、あとから3~4歳の男の子がやってきたが、これがまた暴れん坊。狭い部屋の中を飛び回るが、ポニョもそれに合わせて動き回る。最初の男の子は、ずっと突っ立ったまま、呆然と見つめるだけ。

●帰路、モスクワからのアエロフロートでは、キレイなロシア人すっちーが、いた。いたが、ただそれだけ。

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2010_0702_163654img_6797 ●7月2日。シナイア宿泊。ホテルはPalace。文字通り宮殿のような豪華なところ。ロビーのソファに、金髪美人が二人座っていたが、とても絵になる。あとで、カミさんと交代で写真を撮り合ったが、絵にならね~~2010_0703_145601img_6816_2

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2010_0703_155619img_6840 ●7月3日。ペレシュ城へ。ドイツ・ルネッサンスの様式というが、確かに美しい。数々の美術品、装飾品があったが、いちばん興味を引かれたのが、世界各国から集められた武器だった。

●3日、ブカレストへ空路移動。初日に泊まったRin Grandホテルに宿泊。昼食は、カルク・ベレにて。ここは1879から年続く老舗とか。美人のバイオリニストが生演奏、しつこくビデオと写真を撮った。ここで現地で活躍する写真家と会う。 いろいろ現地の情報を得る。 こっちはナイトライフの情報を知りたかったが・・・。ナイトクラブなどは、ぼったくられるということで、そっちは涙をのんで断念(断腸の思いだ~~)。 2010_0704_213850img_6913 2010_0704_205916img_6890

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2010年7月12日 (月)

●サッカー、パラグアイ戦

2010_0629_191618img_6608 ●29日、ルーマニア北部への中継地、クルージ・ナポカに到着。ホテル近くで警官が道端を固め、報道陣が待ち構えている。[

VIPが来るのでは? 誰だろう?」私はすあさず「われわれ御一行様に違いない」と言ったが、どうやら違うらしい。やがてやってきたのはデモ隊だった。公務員の給与引き下げに反対するデモだそうだ。「すわ! ギリシャ問題が飛び火か?」と思ったが、地方都市だけに小さな規模だ。最後はオレもデモ隊と警官の間に割って入ってしまった。

2010_0629_191634img_6609 ●29日。W杯サッカーの対パラグアイ戦。日本では夜11時かららしいが、ルーマニアでは夕方5時から。「tokyo」という寿司店でテレビを見られる部屋を予約して観戦。日本が人経営しているというから、あまり酷い寿司は出ないだろうと思ったが、ルーマニアで食べる寿司としてはこんなものか。居酒屋メニューも充実していた。金髪の美女二人が着物を着て出迎えてくれたが、日本の敗戦を知って、一人で店を飛び出した(あ~姉さんたちの写真撮っておくんだった)

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2010_0629_231550img_66132010_0630_163605img_6680 ●30日、マラムレシュ地方へ。途中、シク村へ。ここは伝統的な衣装を身にまとったままの生活を送っている。村への道すがら、馬車すれ違い、写真を撮らせてもらう。

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●再会

2010_0628_174349img_6495 2010_0628_180625img_6510 ●28日、カミさんの旧知、ステファン(奇しくもドライバーと同じ名)が住むポエニーツア村へ。ステファンはオーストリア生まれで日本人女性と結婚している。ポエニーツア村は、いわばアーミッシュのような生活をしているところで、住民の平均年齢は80を超えるという。しかも、買い物などは馬車で3時間ほどかけて出掛けなくてはならないという。(若い女の子に出会える可能性は少ないな・・)と期待せずに

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●ステファンの家には、バイクで世界を回っている日本人青年とイギリス人青年が宿泊していた。日本人青年は2年前に日本を発ち、あと3年かけて世界を回るという。うらやましい。

●ステファンは、農業をやって自給自足に近い生活をしているという。裏の畑で採れたレタスが食卓に上った。カミさんの皿のレタスにデンデンムシが・・・(笑  明奈は自然のなかで満足そう。生き物や花に興味を示している。

●ステファンの家の隣に住む老女は、カミさんが数年前に厄介になったところだ。数年ぶりの再会に、老女も嬉しそうだった。2010_0627_045114p1010638

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●フロントのカワイイ女の子

2010_0627_174153img_6317  ●シギショアラを出発して途中で、中世の城の廃墟に寄った。観光ガイドにもおそらく乗っていないところでほかに観光客は誰もいない。城壁のまわりを歩いていると、鍵がかかっている門があった。開けようとしたら開かず、諦めて離れようとしたとき、中から誰かが門を開けるではないか。まだ若い青年で、ここの廃墟を管理しているという。中にはには、畑があって鶏も飼われていた。2010_0627_173633img_6309 2010_0627_215105img_6377 ●6・27シビウに向かう。宿泊はHotel IBIS(イビスと読むそうだ)。受付の女の子が可愛かった。クリスティーネという名前だったが、ダイアナ妃とトレーシー・ハイドを足して2で割ったような感じ。目がクリクリと大きかった。

2010_0627_215308img_6378 大広場と小広場があってキレイな石畳が印象的。「ウソツキ橋」というのがあって、その上でウソをつくと橋が落ちるという。オレはウソをついたことがないから試しに橋の上で「オレはウソをついたことがないぞ」と叫んだ。橋は落ちなかった。正直な橋だ。

●原宿のような観光客に賑わう歩行者天国がある。そこにキリスト教関連のグッズを売っているショップがあったそこに神父さん(牧師さん)の衣装があった。買いたかったな。

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●現地の女の子と親しくなる!(ただし、子供同士だが)

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●6・24ブラショフに移動。天気はイマイチ。ポニョだけは元気だ。歴史博物館まわりの広場で、やはり観光客のルーマニアの女の子に駆け寄る。ポニョは積極的だが、女の子は最初、ビビっていた。お父さんのとりなしで、ようやく仲良くなれたようだ。・・・が、そのお父さんが、明奈をダッコすると、その女の子、悲しそうにお父さんにしがみついた。 子供の世界とはいえ、人間関係は難しいようだ。

●26日は城塞都市の面影を残すシギショアラに。高台の城壁に囲まれた旧市街はなかなかいい雰囲気。とちゅう、おいしそうなパンを焼いていたので、買ったがあまりおいしくなかった(焼き立てのときに食べればおいしかったのだろうが)

2010_0626_204813img_6200 2010_0626_181309img_6168●昼食は「ヴラド・ドラクルの家」でとる。コメディアンの二人組が、なぜか日本の歌を歌う。

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2010年7月10日 (土)

●ルーマニア~ドラキュラの城へ(6月23日~)

2010_0624_211132img_6015 ●ルーマニアへ2週間の予定で旅行。アエロフロートでまず、モスクワへ10時間の飛行。評判が悪かったアエロフロートだが、まあまあ。すっちーに美人がいなかったのは残念だったが・・・(しかも若くない・・・)。でも、聞くところによると90年代のアエロフロートは酷く、しかも、乗客も酷かったという。ソ連が崩壊したあとは、コカ・コーラを乗客が争って、奪い合ったという。

●1日目はブカレストのRin Grando ホテルに宿泊。中心街からも繁華街からも離れている。ルーム№は「4126」・・・どこかで見た番号だと思ったら「ハトヤ」じゃないか。「おお!」と一瞬、喜んだが、「だから何?」。冷蔵庫にはなぜかコンドームがある。なにか、こっとの人はコンドームを冷やして使うのか? 天気は悪く、気温も低い。数日前までは40度近くまであったらしいのに・・ポニョは「傘フェチ」だ。同行者の傘を掴んで離さない。

●2日目。通称「ドラキュラの城」へ。確かにドラキュラ伝説のモデルになったというほどの雰囲気がある。ドライバーのステファンに「吸血鬼を生け捕りにして日本に連れ帰りたいがなんとかできないか」「それが無理なら美人の吸血鬼はいないか? 逆にその生血を吸いたい」といったら肩をすくめて無視された。

●ドライバーはかなりのベテラン。無愛想ゆえ同行者からの評判はよくなかった。加えて現地の代理店の仕切りが悪く、すべてステファンに当たったから余計、気の毒。ただ明奈だけはステファンになついていた。ステファンも明奈だけには心を開いていたようだ。

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