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2012年10月28日 (日)

●「檄文」 三島由紀夫

「われわれは戦後の日本が、経済的繁栄にうつつを抜かし、国の大本を忘れ、国民精神を失い、本を正さずして末に走り、その場しのぎと偽善に陥り、自ら魂の空白状態へ落ち込んでゆくのを見た。政治は矛盾の糊塗、自己の保身、権力欲、偽善にのみ捧げられ、国家百年の大計は外国に委ね、敗戦の汚辱は払拭されずにただごまかされ、日本人自ら日本の歴史と伝統を涜してゆくのを、歯噛みをしながら見ていなければならなかった。」(三島由紀夫)

●石原新党の問題で、TVではいろんなコメンテータとやらが、なんだかんだ言っている。経済界関係者からは、石原さんの国政進出で、「日中関係が心配だ」との声。  

黒金ヒロシさんが、「美しい日本をとるか、醜い経済をとるか」とのコメント。醜い経済はオレはいらない。 で、隣にいたテリー伊藤さんが、どういう文脈か忘れたが、「三島由紀夫の自衛隊バルコニー上での演説は、いままさに当てはまっている」と。

オイラも、石原さんの騒動で、三島由紀夫の檄文を思い出し、つらつら見ていた。その言葉は、今も輝きを失わない。

●石ノ森章太郎の萬画で「時の狩人」という作品がある。そのなかで、本編のストーリーとはまったく関係なく、三島割腹に関するコメントを集めた一品があった。

佐橋慶作、じゃなく佐藤栄作は「矯激に過ぎる」とのコメント。さすが官僚出身の総理らしいテクノクラートの言葉だ。

そこに石原さんのコメントもあったはず。どんなだったか気になる・・

「われわれは今や自衛隊にのみ、真の日本、真の日本人、真の武士の魂が残されているのを夢みた。しかも法理論的には、自衛隊は違憲であることは明白であり、国の根本問題である防衛が、御都合主義の法的解釈によってごまかされ、軍の名を用いない軍として、日本人の魂の腐敗、道義の頽廃の根本原因を、なしてきているのを見た。もっとも名誉を重んずべき軍が、もっとも悪質の欺瞞の下に放置されて来たのである。自衛隊は敗戦後の国家の不名誉な十字架を負いつづけて来た。」

「われわれは悲しみ、怒り、ついには憤激した。諸官は任務を与えられなければ何もできぬという。しかし諸官に与えられる任務は、悲しいかな、最終的には日本からは来ないのだ。シヴィリアン・コントロールが民主的軍隊の本姿である、という。しかし英米のシヴィリアン・コントロールは、軍政に関する財政上のコントロールである。日本のように人事権まで奪はれて去勢され、変節常なき政治家に操られ、党利党略に利用されることではない。
 この上、政治家のうれしがらせに乗り、より深い自己欺瞞と自己冒涜の道を歩もうとする自衛隊は魂が腐ったのか。武士の魂はどこへ行ったのだ。魂の死んだ巨大な武器庫になって、どこかへ行こうとするのか。繊維交渉に当っては自民党を売国奴呼ばはりした繊維業者もあったのに、国家百年の大計にかかわる核停条約は、あたかもかつての五・五・三の不平等条約の再現であることが明らかであるにもかかわらず、抗議して腹を切るジエネラル一人、自衛隊からは出なかった」
 「沖縄返還とは何か? 本土の防衛責任とは何か? アメリカは真の日本の自主的軍隊が日本の国土を守ることを喜ばないのは自明である。あと二年の内に自主性を回復せねば、左派のいう如く、自衛隊は永遠にアメリカの傭兵として終るであらう。」

「散るをいとふ世にも人にもさきがけて散るこそ花と吹く小夜嵐」

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